【短編小説】ソノヒト 〜最終章 「その人」〜

小説

大晦日

携帯のカレンダーを見ながら
今年1年を振り返った。

どんなに新しい出会いよりも
「その人」との再会が
最も嬉しかったことに違いはない。

世の中、例のウイルスが猛威をふるい
今までにない経験の真っ只中に
僕たちはまだいる。

どうしたらいいのか分からない。
早く終息してほしい。

その思いは皆同じだ。

仕事は、やりきった。

ただ、自分の中の何かが
まだやり切れていなかった。

やるせない気持ちしかない。

「その人」に対する思いか
それともウイルスに対する苛立ちなのか。

どちらなのか分からない。

ただ、ブログを書くことで、
何かが変わる。

そう信じて書き始めた
このブログは、

結局何も答えが分からないまま
大晦日の日を迎えていた。

小説

むしろブログを始めたことで
孤独になっていた。

どうせ同じ孤独を味わうのなら
ブログの中で
「小説」を書こうと思った。

つくづく思うが、
我ながら浅はかな考えだ。

ただ普通のブログを書くよりも
今年1年を最後だけでもやり切りきりたいと思った。

書き切れば今度こそ何かが変わる。

そう信じた。

それが12月の始めだった。

書くことはもちろん
「その人」しかなかった。

思いが届くはずもないのに。
読んでくれることはないと知りながら。

愛おしい

とにかく自分を振り絞り
書き切りたかった。

工場への出張やそこでの出会い
地元の友達や両親への思い
家族のことや仕事のこと
小さな命の誕生。

そして「その人」。

ここ最近のことを
文章に起こしただけで

こんなにも書けるものかと
正直、自分自身が一番驚いた。

一つひとつ見るもの全てが新しく
自分をそこに照らし合わせることで

いつものありきたりな日常が
すごく愛おしいように感じられた。

つまらないオチ

ある芸人が書いた
有名な小説のように

つまらないオチはつけたくはない。

多少ところどころ
ふざけたかも知れない。

ただ、そうでもしないと
書く気力が保てそうになかった。

「その人」に読まれていないと
分かりながら書く小説ほど

切ないものはない。

そんなことを思いながら
大晦日の今日も小説を書き続けた。

終わり

まもなく今年が終わろうしている。

なのに
この小説の最後の終わり方を
決めてはいなかった。

どんなに有名な作家でも
最後の終わり方は
直前まで決めていないのだろうか。

終わりを考えたくはない。

その終わり方次第で
これから先が決まってしまうような
そんな気がした。

だから、僕はこうした。

この小説の終わりを
「その人」に書いてもらおうと。

正直逃げているのかも知れない。

ただ、僕が終わりを書くことで
誰かが傷つくことを避けようと思った。

もし、「その人」が
このブログを読んでいてくれてたなら

きっと僕の嫌いなLINEで
この最後を書いてきてくれるだろう。

「その人」を信じた。

読んでいなければ、
ただ、それだけの話である。

あけましておめでとう

もしLINEが届くならこんな文章がいいと
大晦日の夜に一人寂しく
相変わらずの妄想をした。

『あけましておめでとうございます

お前のブログずっと見ていたが
「ちょっと何言ってるか分からない。」

お前の嫌いなLINEと一緒で
人に気持ち伝えるの本当下手だな。

てか、「金の泡」のオブジェ、
撤去されてないから。
妄想すな。

カッコつけてんじゃねえ。
等身大の自分で生きろ。

こんなクソつまんねえ小説なんか
二度と書くなよ。

その代わり、飲み行くぞ。
コロナが落ち着いたら必ず。

コロナが落ち着いたら飲んでも食っても
カロリーゼロ。

サンドウィッチマン 伊達ちゃんより』

そんな年始の挨拶が理想だと
一人また得意の妄想をしたが、

「その人」がこんなLINEを
してくるとは思えなかった。

そして、見てるはずもない小説の最後を
今まさに書いている自分が
猛烈に恥ずかしくなった。

「その人」

年明け、「その人」から
連絡がくるかどうかは
「その人」にしか分からない。

「その人」にも話したことがある気がするが、
僕は、日ごろから
どうでもいいことを考えていて

「JR中央線最強説」
「環状七号線最強説」

など色んな説を唱えている。

そして、

「泣けない映画は映画ではない説。」

ということも常々唱えているのだが、

まさか自分の
映画にもならないような小説が

こんなにも涙涙の感動傑作になるとは
夢にも思っていなかった。

でも、小説の出来はどうであれ、
賛否両論ある中で僕はこう思う。

こんな世の中でも
「その人」が幸せなら、

そして、
健康で無事でいてくれたらそれでいいと。

いや、それがいいんだと。

会うことばかりにこだわっていたせいで
本当に大切なことを忘れていた。

この小説を書いて

色んな出会いや
色んな出来事があったことで、

自分の中の何かが変わっていくのを感じた。

これから先、自分が出会うべき人とは
必ず出会える。

そして、会いたいと思う人にも
いつか必ずまた会える。

心からそう思えるようになっていた。

僕たちは、
傷つくために生まれてきたんじゃない。

必ず、明るい未来がある。

僕が今までに出会ってきた様々な
「その人」たち全員がその権利を持っている。

だから僕も変わる。

さようなら、2020年の僕。
行くぞ、2021年の俺。

そんな漠然とした
己のキャッチフレーズを掲げ、

「その人」からくると信じた
俺が好きなLINEも待たずして、

「等身大の自分」はまた少し背伸びをしながら、
新しいスタートを勢いよく走り出していった。

「その人」に渡す
「ありがとう」のバトンを

右手にしっかりと握りながら。

コメント

タイトルとURLをコピーしました