【短編小説】ソノヒト 〜第二章 「赤と青」〜

小説

12月1日

車はいつものように、
国立府中インターを入り、
中央道を新宿方面に向かっていた。

時間は朝の6時。
ここを通過するのがいつもよりも早い。

向かう先が、勤務先の板橋ではなく、
福島県いわき市だからだ。

昨日のLINEによる雑な出張命令で
急遽、いわきにある自社工場に向かうことになった。

工場の女性社員がケガをして、
自社商品の路面用接着剤の梱包が追いつかず、
出荷が間に合わなくなった。

今までも在庫がなくなりそうになることは多々あった。

ただそんな危機的状況に陥った時は、
この会社で「唯一まともな営業」として働く自分が
得意先と交渉し納期を延ばしてもらったり、

一度出荷したものですぐ使わないものを、
お客様から掻き集めてなんとか凌いでいた。

他の営業は正直高齢で、
特に仕事に対する責任感も感じられない。

おそらく、この人たちはここ最近、
プレッシャーというものに追い込まれたことはないだろう。

決して自分が優秀な営業というわけではない。
必然的に「唯一まともな営業」になってしまう。

実際に工場へ梱包を手伝いに行くのは今回が初めてだ。

それだけ切迫した状況だということは
ここ最近の急激な売れ行きから薄々感じていた。

赤い地図

この時間でも中央道は徐々に渋滞し始める。

特に高井戸インター付近はがちがちに混み、
アプリで開いた地図の
普段、真っ直ぐで何の面白味もない道が
真っ赤に染まる。

その付近に近づくと地図上の高速道路脇に
女子大学が映し出されるのだが、

その度に大学の同期が、
その女子大に通っていた当時の彼女から
性病を移された話を思い出す。

そんなことを考えながら、
今日も愛車と呼んでいる社用車は
永福料金所をいつも通り通過した。

渋滞から徐々に解放され、
車はやる気なくスピードを上げた。

新宿ジャンクションに差し掛かり、
得意の地図アプリを見ると
自分が想定していないルートを指示していた。

すでに自分の思う板橋方向に頭が向いていたため、
急な進路変更で渋谷方面へ思い切りハンドルを切った。

まるで自分の人生を表すかのような、
思いも掛けないその変更は、
本当に正しいのかどうかも分からないまま、
ただただ山手トンネルの暗闇の中を駆け抜けていた。

見送り

真っ赤に染まらなくなった地図に従うがまま、
普通では考えられないような遠回りをし、
都心を通過した。

今まで気づかなかったが
あの有名な「金の泡」のオブジェが見当たらなかった。

いつの間にか撤去されたのだろう。

地図はわざわざ遠回りをし、
僕にそれを知らせたかったのか。

そんなことを考えながら、
三郷ジャンクションを抜け、
首都高から常磐道に差し掛かったころ、

無性に家の戸締り、
ガスや電気の消し忘れが気になった。

僕には妻と小さな娘が2人いる。

前日から今日に掛けて、
家族は義母のところへ泊まりに行っていた。

だから、出張に出掛けるにも関わらず
特に見送りはない。
というより普段から、見送りという見送りはない。

朝は早かったが、
毎朝の日課である風呂掃除だけはして
家を出てきた。

だから余計にガスや電気の消し忘れが気になった。

家事

普段、僕は家事や育児をしていない人間だろうという前提で
話をされることがある。

確かに家事や育児のことはあまり人には話さない。

話しても相手にとってはつまらない話だと思っての、
僕なりの精一杯の気遣いだ。

毎朝の風呂掃除もすれば、
食器だって洗う。

家族がいない日の夜には一人洗濯機を回し、
一度部屋干しで家族全員分の洗濯を干す。

朝起きて早速ベランダに洗濯物を干し直し、
カレンダーで決められたゴミを捨て、
車で会社に向かう。

土日にはもちろん掃除機をかけ、
子どもを公園へと連れて行く。

今考えても、男の家事を人に話すなんて、
なんてつまらない話なんだとつくづく思う。

他の家の旦那がどこまで家事をしているか分からないが、
自分はなるべくするよう心掛けてはいるつもりである。

正社員であれ、パートであれ、
仕事をしている女性は、専業主婦に比べ、
幸福度が低いという研究結果があるのを知ったからだ。

うちは共働きのため、
妻の負担はかなり大きい。

ただでさえ、
普段からイライラしているのが分かる。

僕がやっているのは、
言ってしまえば自己防衛の家事なのかも知れない。

本当の家事の大変さは
妻にしか分からないのかも知れない。

副業

同じ家に住んでいても
妻とはほとんど時間を共有することはない。

些細なことであっても、
お互い自分の人生を楽しみたいからだ。

妻は専ら韓流スターをテレビで追いかけ、

僕は自分の部屋に閉じこもり、
パソコンで作業をする。

作業といっても本業の仕事ではない。
いわゆる今流行りの副業だ。

そして、こちらも今流行りのYouTuberが
友達にいる。

その動画編集の手伝いをさせてもらっているのだ。

本当に有難い話である。
ただこの動画編集がかなり大変な作業になる。

不要部分のカット作業からテロップ入れなど
全てを行えば、僕の素人編集でも3、4時間は掛かる。

これを本業から帰り、
早ければ21時以降からやりだすのだが、
正直かなりの気力と体力がいる。

本当にきついときは友達に弱音を吐いて
納期を延ばしてもらうこともある。

仕事を振ってもらってるのにも関わらず、
本当に情けない話だ。

そんな自分が追い込んだ状況の中で、
「その人」に例のLINEを送ってしまっていたのだ。

青の出迎え

常磐道をひたすら北へ走り続けた。

妻の影響ではないが、
高速道路をハイスピードで飛ばす自分が、

人気ドラマの韓流スターなのではないかと
甚だおこがましい勘違いをしながら、

何かの苛立ちをアクセルに押し付け、
車を飛ばしていた。

いわき中央インターを降りたすぐ先に、
自社工場はあった。

青くさびれた工場とは対照的で
いわき市の空は清々しいほど青かった。

工場の倉庫の中では
一人女性が黙々と作業をしていた。

僕に気がついたのだろうか。

少し足をひきづりながら
こちらに向かって歩いてくる。

出迎えてくれたのは、
ケガをして出荷作業に携われないと聞いていた女性社員、
その人だった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました