【短編小説】ソノヒト 〜第十章 「ラルフローレン」〜

小説

最高の売上

仕事は年末に向かうにつれ
忙しさを増した。

例の接着剤も勢いが衰えることなく
飛ぶように売れていく。

それもこの12月は
まだ残り数日を残して
過去最高の売り上げを記録した。

このまま行けば
年明け早々の年度末は
本当に在庫がもたないかも知れない。

梱包が追いつかないというよりも
接着剤の原料そのももの生産が
間に合わない可能性があるのだ。

僕はそんな不安を抱えながら
ひたすら会社の机にむかっていた。

一通のLINE

皆はたばこを理由に休憩をとったり
適当な理由で会社を出たり入ったりするが、

僕は営業に回るとき以外の
事務処理の時間では、

昼休憩とトイレ以外は
ほとんど席を立たない。

それだけ、事務処理が溜まる。

工場の尻拭いで
梱包作業で出張に行かされれば尚更だ。

そんな愚痴を抱え猛烈なスピードで
仕事のメールを打っていると、

私用の携帯に
一通のLINEメッセージが入ってきた。

後輩の女性

高校の時の部活の後輩からだった。

その人は一つ下の女性で
メッセージの内容はこんな感じだ。

「先輩、お元気ですか?

無事赤ちゃんが退院して
今日からお家にきました。

心配してくれてありがとう。」

部活の後輩のその人は
普段、飲み会以外では連絡を取ることはない。

後輩たちを呼ぶときはいつもその人に
取りまとめてもらっている。

以前、その人の赤ちゃんが生まれたことを
同じ高校の部活の先輩から聞いた。

その先輩と後輩のその人が
仲がいいのは知っていた。

二人で飲みに行くくらい
仲がいいそうだ。

ただ、その話を先輩から聞いたとき
明らかに妊娠期間が短いと思った。

相当な早産だった。

10月に生まれる予定が
7月に生まれていた。

僕は心配した。

保育器にいるから大丈夫だと
先輩は言っていたが気になった。

この突然のLINEが届いたのも

僕が心配していたことを
先輩が後輩のその人に伝えてくれていたからだった。

連絡をくれて心から安心したことは
言うまでもなく、

何よりも無事に退院できて
本当に良かったと思った。

普段飲み会の連絡しかとらない
その人からの嬉しい報告は

皆で集まることができないこんな世の中で
存在価値をなくし悲観的になっていた自分に

これからもまた
皆で集まろうと思わせる
そんな励みのメッセージに感じた。

辞めた同期

さらに
もう一つ嬉しい報告があった。

それは、前の会社の同期で
僕がやっているブログのもう一人の運営者の友達、

その人も子どもが生まれたと
連絡がきたのだ。

友達も僕と同じで前の会社を辞めた。
理由は聞いていない。

おそらく僕が辞めた理由と同じなのだろう。
そんな気がした。

僕の読みは外れることが多いが
友達が仕事を辞めた理由に関しては

僕も辞めている以上
当たっていると思う。

当たっても嬉しくはない辞め方だが。

とにもかくにも
辞めた理由がなんであろうと
その人と友達なのには変わりわない。

お互い前の仕事を辞めて
去年の夏に久しぶりに新宿の飲み屋で会ってから

友達のその人とは
さらに深い中になれた気がした。

その飲み屋でまた飲もうなんて話をしてたが
コロナの影響でその店は潰れた。

有名なプロレスラーがやっていた店だったが
そんな強靭なレスラーでさえも
あいつの猛威に結果的に負けてしまったのだ。

こんな時代に
何か新しい光が差すような
この2つ嬉しいニュースは

年末のこの忙しさを忘れるほど
自分の仕事をはかどらせていた。

プレゼント

仕事もいよいよ
年内最終日となった。

この1年はどんな年だったのだろうか。

そんなありきたりな
年末の振り返りをしようと思いながらも、

2つの幸せのお返しに
自分なりに気の利いたプレゼントを
精一杯ネットで探していた。

馬に乗った長い棒を持った男性が
埒(らち)を飛び越えて
こちらに走ってくる気がした。

それも拍車(はくしゃ)を
申し訳ないように馬の腹部に食い込ませ
凄い勢いでこちらに迫ってくる。

プレゼントを何にしようか
正直迷うと思っていたが、

埒が明かないどころか
自分自身の購入意欲に
いつの間にか拍車が掛かっていた。

小さな可愛い女の子用のベビー服は
「等身大の自分」より少しだけ背伸びをし

僕の財布とも
馬が合ったように感じた。

その喜びはまるで
同じく少し背伸びをし

「その人」にプレゼントを選んでいたときのことを
思い出させてくれるようであった。

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